第二区分:復興住宅の家賃など

復興住宅の家賃が高すぎるのでは

亡夫名義の土地に、二階を貸して家賃収入を生活のたしにしていました。震災で住むところと家賃収入を失くしました。子供が二十歳そこそこでしたから、再建方法も分からず、庭木ブロック塀、基礎部分が有料、隣との境が分からなくなった為、測量を依頼するなど、思わぬ出費がかさみ、親類宅へ身を寄せるも、生活費等等、収入が無くなっても支払う事が多かった。再建しようと思っても、亡夫名義ではダメと言われるし、子供たちも会社へ行けなくなって、退職したり、誰に相談してよいかわからずに、目まい、動悸など立っているのもままならぬ年月が続きました。今思うと、仮設住宅を自宅あとに建てていただけたら、10年間皆で家賃だと思って預金をためて、小さな家でも建てられたのではと思います。二人の子供と私で家賃12万円の県営に入ったものですから、必死で家賃を払う為パートの仕事につきましたが、安定剤を飲みながらでした。本当に再建を助けて下さるなら、せめて公営住宅の家賃を何とかもっと安くして頂けたら、再建できたのにと残念に思います。                     (芦屋市で被災、持ち家全壊、芦屋で復興住宅に居住、60歳代、女性)

被災後、大きく変わったことは、離婚をして母子家庭となったこと。幸い復興住宅へ入居できたが、貸付金の返済や娘の学費の借り入れの返済などがあり、今後が不安。この間、働いていた会社が倒産し、解雇となったため、求職活動にも苦労をした。今の年齢(46歳)では、無論正社員は望めず、将来が不安。生活をすることと借り入れの返済が家計を圧迫している。特に子供が就職をして収入が増えたが、娘は自分のお給料の中から生活費と奨学金返済などをしているが、その分、次年度からは家賃の負担が大きくなる。基本的には私の収入でやりくりしているので、娘の収入が家賃に加算されるのは納得できない。子供の収入が全て一家の収入となるような今の家賃の算出方法には見直しが必要だと思う。夫婦でいてパート収入の人は所得を出さないなどの対策があるが、給与所得者は全て出てしまうので不公平があるように思う。
(伊丹市で被災、半壊、川西市の復興住宅に居住、40歳代、女性)

現在64歳、女世帯主です。会社は社員からパートに成りましたが、65歳までです。身体は健康な方ですが、定年を迎えると仕事が年齢的にありません。たちまち住宅(県)は、家賃が払えないと出されます。それに簡単に生活保護は頂けません。今の時世、娘がいてもあてにはなりません。結婚したら親どころではありません。この先、住宅のこと、家賃のことを思うと、生きていく自信がありません。それにこの県営は、建物にしてはとても家賃が高いです。一般なみの家賃に戻るなんてとんでもないです。仮設よりはましという建物です。
(宝塚市で被災、全壊、宝塚市の復興住宅に居住、60歳代女性、20歳代の娘と同居)

家賃が高すぎる   (長田区で被災、借家全壊、神戸市営住宅に居住、50歳代男性、給与所得で生活、3人家族)

家賃が高い。子供2人が働いていても、全額取るわけにいかない。親としては、自分のことは給料でやれと言ってるから。2人ともアルバイトだから、1〜2万しか取れない。私も収入が減った分しんどい状態。貯金もできない。この先が不安。
(長田区で被災、借家半壊、神戸市営住宅に居住、40歳代男性、離婚による父子家庭、家族3人)

兵庫県営住宅に関して、他の都道府県に比べて家賃や特に駐車場料金が高すぎる。皆さん住民が言っている。兵庫県現住所(川西市)の駐車場料金一ヶ月9000円、他の都道府県住宅は一ヶ月1000円から3000円と聞いている。                        (尼崎市で被災、借家全壊、60歳代女性、息子2人と同居)


絶対に家賃を上げないで![非常に多くの復興住宅居住者が嘆願]

平成10年に引っ越してきました。被災後、主人がうつ状になり、又、身体も色々と変調、病院にかかっていましたが、一年前に亡くなりました。私も5年前より眼が悪く、手術を4回しました。又、今年5回目の入院手術を受けます。遺族厚生年金を頂いていますが、二箇所の病院代、交通費で大変苦しい毎日です。生活復興資金貸付金利補給に助かりました。でも主人の亡き後も返していきました。年金は11万少々です。今、又家賃が上がると本当に困ります。適切な検討の上、厚情ある解決を心から願っています。祈る気持ちでお願いします。                           (宝塚市で被災、全壊、復興住宅に居住、60歳代女性、独居)

自立支援金はあまりに少額で打ち切られてしまいました。また、震災特例家賃適用がなくなると、生活は破綻に追いやられます。自立支援金の復活、及び、特例家賃の適用延長を切望します。
(宝塚市で被災、持ち家全壊、57歳男性、独居)
家賃補助と減免がなくなるととても困ります。復興などしていないに等しい。何故、被災して立ち上がろうとしているのに、家賃補助が打ち切りと聞いただけで悲しくなる。県庁、各市役所の職員をリストラし、その金額をまわしてもいいのではないか。地方公務員の給料を一般サラリーマン並みに下げてからでないと許せない。被災者は何も悪い事もしてないし、災害から立ち上がろうと懸命に暮らしている。とにかく公務員給料を下げてから行うべきだ。アンケート結果を公示し、行政に必ず訴えてほしい。 
               (宝塚市で被災、半壊、70歳代女性、娘と2人暮らし)

高齢者に家賃値上げは困難なこと。天災で何もかも失った。若ければまだ立ち上がれるが、思いもよらない。同じところにいても天災にあっていない人[もいる]、何もかもなくしてただ生きていくだけで無念。[家賃を上げるのは]人の困難の上に重しを置くようなもの。復興の声とは?
(須磨区で被災、借家全壊、神戸市営住宅に居住、年金生活者、女性)

現居住宅の安定と家賃の補助を続けてほしいです。もし家賃の値上げがあれば、生活(民生)補助を役所に申請しなければなりません。何卒継続していただきたくお願い致します。
(中央区で被災、借家半壊、神戸市営住宅に居住、70歳代男性、妻と2人暮らし)

13年生れ66才女性1人暮しです。年金1ヶ月53000円程で生活しています。たりない所は少しの貯金でおぎなっています。生活は年をとっていくので切りつめていこうと思っていますが、やはし楽しみもほしいです。もし家賃減免はうち切りになれば生活が成りたたなく、とても不安です。
(垂水区で被災、借家一部損壊、神戸市営住宅に居住、66歳女性)

最低年金生活者で、私85歳、妻80歳で通院中、年金からの今度の保険の天引きはつらい。福祉や介護を受けて居る人が裕福で威張られては情けない。せめてもの家賃補助の継続はぜひとも続行をお願いしたいです。                           (灘区で被災、借家半壊、神戸市営住宅に居住、80歳代夫婦)

国民年金65000円で生活しております。家賃補助の打ち切りはしないでほしい。
(西宮市で被災、借家全壊、西宮復興住宅に居住、震災後に配偶者が病死、年齢性別不明)

私は現在、公共住宅に住んでいますが、今の家賃のままで、継続して頂きたくお願いいたします。なぜなら現在年金生活をしていますので、もし家賃が上がれば、生活に困ります。現在、国より家賃減免制度を適用されております。非常に助かりますので、このまま続けて頂きたく思っております。
(芦屋市で被災、借家全壊、60歳代男性、震災で妻が死亡、独居)


借り上げ住宅居住者の不安

災害復興住宅公共20年借り上げの所に入っています。仕事も少なく収入も少ないので生活が大変です。その後20年たった後、住むところが無くなるのではと不安、心配しています。この先どうなるのでしょう。生きていくのがつらくなってしまいます。      (須磨区で被災、全壊、神戸市営住宅に居住、50歳代夫婦、4人家族)

私の住んでいる住宅は、神戸市が公団住宅から20年間借り上げたものですから借り上げ期間が終わったあとが心配です。家賃など、明渡し手続きなど。
(兵庫区で被災、借家半焼、神戸市営住宅に居住、50歳代夫婦、給与生活者)


復興住宅の立地条件、生活環境が悪い

【西宮市営(樋ノ口町)の場合】
*交通の便が悪い。バスがない。甲東口に行くにもタクシーを使わないといけないので困る。買い物も困る。
*被災後の移転はきまって交通の便が悪いところに集中しやすい(交通費が高騰する)
[樋ノ口町には、市営住宅と県営住宅があるが、武庫川の堤防のすぐ西に位置する。阪急の甲東園、門戸厄神、西宮北口各駅からいずれも離れている。健脚でも最低徒歩20分はかかる。]

【芦屋市県営の場合】
*陽光町に住んでいますが、交通の便が悪く、買い物する場所がなく、毎日の生活が大変です。バスを利用していますが、回数が少なく大変です。歩いて買い物が出来るように便利よくして頂きたい。高齢者ですので、バスの乗り降りが苦痛です。荷物など持っては行動できないです。
(芦屋市で被災、全壊、年齢性別不明)
[芦屋市陽光町は、芦屋浜の埋め立て地に位置する。]

【宝塚県営住宅からは不満がいっぱい】
*不便な所に転居して仕事が全く見つかりません。早く就職したい。
*30年余り住んでいた場所から離れて7年が経ち、長い気がする。以前だと一歩外に出ると顔見知りばかり、買い物も生活圏だったが、今は苦痛である。
*知り合いがみな神戸なので、こちらのこと、よく分からない。
*交通機関をもう少し、例えば、バス停を近くするとか、今のままでは、だんだん高齢になりまして、又病人で
は歩行がつらいときもある、ついタクシーを利用したくなり、買い物にしても、帰りは重くなり、住宅内のどこかに県住専用のバスでも通していただければといつも願っております。お年寄りの希望でもあると思います。とにかく山本駅まで行くのが苦痛に思います。年寄り一人一人が書でも書いて、阪急バス様でもお願いしたい気持ちです。
*精神的フォロー。健康面の癒しの面で、みどりを多造園関係、花壇等も必要。
*住宅からバス停までが坂で身体的問題が大きい。今後高齢化につれ外出が困難になり、孤立となる。不便な場所内を通る小型バスの運用が欲しい。駅構内もエレベーター施設が進みありがたいことですが、駅までが困難。交通費がかかり、通院にも大変。
*今の団地には、独居の年配の方が多く、駅も遠いので、バス停がもう少し近くにあったり、ボランティアで病院の送迎とかやってほしい。一定の条件の方しかヘルパーとか利用できないのも大変そうです。お買い物とか、日常で大変な事が多すぎる。建物もゆがみやヒビとか築10年であまりにも多いので、一度しっかりと点検してほしい。淡路島とか台風で大変だったところの方も、老人だけの御住まいの方にもう少しちゃんと細かく対応してあげてください。私たちも沢山助けて頂きました。何よりも落ち着ける場が見つけてあげれたら復興の始まりだと思います。宜しくおねがいします。
[特に、切畑県営(阪急山本駅の北方)は、あまりにも生活に不便である。]

【明石県営住宅の場合】
*元の居住地(神戸市灘区)に戻りたい。現在の居住地はスーパーへ徒歩で25分、JRの駅へ30分。雨の日は自転車に乗れないのでどこへも行けません。国道を走るバス停は近いが、バスの料金が明かし駅まで470円もかかります。JRなら190円、三宮に行くのに片道800円かかりしんどいです。
              (灘区で被災、魚住町清水の県営住宅に居住、70歳代男性)
*病院への通院に不便。毎日の買い物に行くのも遠い。
*私たち夫婦は仮設住宅から神戸へ戻りたく何度も住宅を申し込みましたが、抽選に当たらず、今の住宅を斡旋され、仮設の住宅にも疲れていたため、住み始めました。結局「住めば都」とはいかず、不便な地でもあり、買い物や病院、駅、全てが遠く、車がない私には子供を連れて雨の日は外出なんてできません。神戸に帰ることもできず、近くに友人はできてもやはり地元の友が懐かしく感じます。神戸市内はある程度復興しているのを見るたび、仮設から神戸にもどれなかった事が残念に感じます。県住から県住の移動ができれば元の地へ帰りたいと思っているのは私だけじゃないんではないかと思います。
(神戸市内で被災、魚住町清水の県営住宅に居住、30歳代女性、子供3人の5人家族)

【姫路市県営住宅の場合】
*70才以上(神戸市の場合は無料パスがあるが、姫路の場合はない) 無料のバス乗車券がほしい。じっと家にいるわけにはいかないので(病院等に通院に必要。現在月1万円程のバス賃が必要)


広い所に転居できないのか

市住に1度入ってしまうともっと広いところ(市住)に変わる事が出来ない。子供が大きくなり、部屋もせまくなるのでなんとかしてほしいと思います。
(長田区で被災、借家半壊、神戸市営住宅に居住、50歳代男性、4人家族)


復興住宅の設備はありがたいが、狭すぎる

当方現在の復興住宅は2LDKでシルバー仕様である。老人向けとして、車椅子生活を考えてか、室内の段差を無くし、扉はスライド式、廊下の巾も広く、又浴室も広くとってあり安全通報装置も完備しているが、その分居室や収納部分が小さくなり不便である。2LDK建ては戦後の住宅不足に対して考え出された型式と聞いているが、既に阪神地震前には公共住宅も3LDKに持っていたようで、今回の2LDK建型式は戸数を増やすために応急的に考えられたものと聞いている。今後は公共住宅も3LDKが標準型に戻るべきであると考える
(西宮市で被災、持ち家全壊、90歳代男性、妻と暮らす)[調査票には間取りまで入っていました]

一人住まいなので、市営住宅の1DKにしか入居できない。もし寝込んだとき、寝泊りしてもらう場所がないのです。入院した後にも泊まってもらえなく、すごく不安になりました。一人住まいでも、小さくてももう一部屋あれば、と思っています。               (芦屋市で被災、借家全壊、芦屋復興住宅に居住、60歳代、女性)

独居ですが、6帖一間はせますぎます。体調を崩した場合、看に来てくれる子供が休めるもう一間は最低必要と常に思っています。    (西宮市で被災、借家半壊、川西市の復興住宅に居住、年金生活者、年齢性別不明)

年84歳で家族と一所に住みたいが、家の室のことで住めません。一度脳梗塞で三ヶ月近く入院したことがあるのですが、現在の住まいでは子供の寝る事が出来ないために、毎日が不安です。独居老人が死亡して4日、5日経って近所の人が気付くことが多くあるので、その事が一番気になります。もう一室せめて、と思う気持ちです。                      (川西市で被災、借家全壊、川西市の復興住宅に居住、84歳女性)

[以上3件のように、病気になったときに看護する家族の泊まる場所がないとの意見は、他にも多数ある。]

私は一人住まいですが、あまりにも部屋が狭いと思う。物を置けば、寝るのが精一杯。それ程物品があるわけではありませんのに・・・。しかしこれはわがままですかね。
(尼崎市で被災、借家全壊、尼崎市の復興住宅に居住、60歳代男性、独居)


設備が悪いとの指摘も[特に宝塚県営に集中]

震災の後に仮設住まいをせざるを得なかったのですが、持ち家を失ったのをきっかけに県営住宅に住む事ができました。それらは非常にありがたい事ではありながらも、時間が非常に費やされたにしては今の住宅の設備の悪さからか、不具合が頻繁に発生している(備え付けのクローゼットや窓などが壊れやすい)のが残念です。                                             (宝塚市県営住宅居住者)

住宅が安心して住める建物かどうか、再度点検して欲しい。 (宝塚市県営住宅居住者)

現在64歳、女世帯主です。会社は社員からパートに成りましたが、65歳までです。身体は健康な方ですが、定年を迎えると仕事が年齢的にありません。たちまち住宅(県)は、家賃が払えないと出されます。それに簡単に生活保護は頂けません。今の時世、娘がいてもあてにはなりません。結婚したら親どころではありません。この先、住宅のこと、家賃のことを思うと、生きていく自信がありません。それにこの県営は、建物にしてはとても家賃が高いです。一般なみの家賃に戻るなんてとんでもないです。仮設よりはましという建物です。
(宝塚市県営住宅居住者)

もっとプライバシーの守れる(防音等で)、隣に気兼ねなく毎日を送れるような住宅を建てて欲しいと思います。又、国も外国等にお金を使わず、自分たち、日本の困っている者のためにつくしてほしい。
(宝塚市県営住宅居住者)

和室の畳にアリの形をしたハチが生息して、梅雨から夏すぎごろに表面に出てきてよく刺されて困っています。畳屋さんが、中国産で消毒してない藁を使っているから、とのことでした。来年は、畳を全部取り替えてもらえるよう、県住宅課に相談して見ます。                          (宝塚市県営住宅居住者)

「元の居住地に戻りたいが戻れない」は(第三区分を参照)
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